2015年11月26日木曜日

ヒンメリに囲まれて ~ 葉山ワークショップより ~

Himmeli(ヒンメリ)の語源はスウェーデン語で「天」を表す
そうです。1150年という遠い昔から冬至祭ヨウルの装飾品
として、主にライ麦の藁で作られていました。
そこには穀物の精霊が宿り災いを避けるといわれ、食卓の
上の天井に吊るして光を求めたといいます。

ヒンメリを独学で研究し、そこからさらに進化して“麦わら
彫刻”という新しい世界をみつけ、制作活動を続けている、
おおくぼともこさん

先日、おおくぼさんのアトリエで結びのワークショップを開
かせて頂きました。
葉山を中心に活動されている様々な分野の方々が参加し
て下さり、結びのお話一つ一つにご自分の経験や興味の
あることとの共通点などへ次から次へとお話が広がり、と
ても楽しい時間でした。新しい結びの世界への一歩を踏
み出せたように感じています。

外の風が気持ちの良いアトリエ。
左上にヒンメリがみえます。

おおくぼさんと私のご縁はまさに「結び」でした。
折形デザイン研究所の折形を学んだ後に、結びの講座へ
参加してくださって、私はヒンメリというものを初めて知りま
した。

ヒンメリの起源を追及されたおおくぼさんは日本の藁の文
化との類似性をみつけます。
日本でこの時期の藁の造形物といえば「しめ縄」。
どちらも結びの力を信じた人々が作り伝えてきた造形物
として、同様の役割をもっていると考えたのです。

清浄な地と不浄な地を分け、神様を迎える神聖な場を
しめす注連縄はもともと一筋の縄でした。しかし注連縄は
結ばれ、地方色豊かな形を生み出します。
結びは結界として、穢れから人々を守る呪力を持つもの
と考えられていました。魂を結びとめ、思いを結ぶ。
注連縄はさらなる力を求めて結ばれていったのでしょう。

結びを単なる留めの技としてとらえるのではなく、ヒンメリ
の美しさや祈りが「結ぶ」ことによって完成する、という感
覚は、実際に手で作業をする時間から生まれたのでは
ないかと、結んでいる時に感じる安心感のようなものか
らそのように思います。

結びのことをヒンメリの講座でお話してくださったことか
らこのワークショップが実現しました。素直に嬉しく、
ありがたく思います。

アトリエで見せて頂いた「藁の文化」という本。


冬の厳しい北欧と災害の多い日本。
「ワラ」という大切な主食である麦や米の副産物から、人々
は生活用具だけでなく、日々自然と向き合って暮らしていく
ための知恵としてヒンメリやしめ縄をつくり、また作る喜びを
感じたことでしょう。
日暮れの早いこの時期には特に、北欧の人々が太陽を、
闇に光を求めた気持ちを感じることができます。

この日のワークショップは誰でも一度は結んだことがある
「ひと結び」を人々がどのように使い、さらに別の結びへ
発展していったかなど体験して頂きました。
昔は女学校でも結びを教えていて、結びのひな型をきちん
と作っていたようですので、それに倣って今回は結びの
ひな型を皆さまに作っていただきました。

「ひと結び」からできる結び3種


決まりはないのですが、今回はこのようなかたちに。
心覚えとして時折思い出していただければと思います。

ランチは“草舟 on Earth”の「草弁当
出汁も含めて動物性のものは使わないという、草文化探求
家の方が作ってくださいました。とても美味しく楽しいお弁
当です。




草弁当 
左上はお麩で作ったもの。
 
草弁当にはツユクサを使ったお料理がありました。
はるか昔には「草むすび」という伝達のための結びが
あり、またまた日本人の自然観に会話が弾みました。

葉山という街の魅力はこの自然に恵まれた土地への住ま
い方をそれぞれしっかりと持てるということなのかな、とこ
の街の心地よい風が忘れられないワークショップとなり
ました。

2015年7月3日金曜日

代々木上原 「うつわや」ワークショップから思うこと

6月30日代々木上原 うつわや でワークショップを開きました。
2010年6月から始まった結びの講座は、東京で最初の試みでした。

「うつわや」今月の展示会
涼やかな器展 ガラス・白磁・染付 7月4日(土)-12日(日)  7/8(水)休
 
 

下関市の長府毛利邸「二人展」の写真をご覧になったオーナーが
ここで結びの講座をやりませんか?と声をかけてくださいました。
あれから5年。お蔭様で、多くの作家さんの素敵なうつわにも出逢いました。

今回の講座のテーマは「結びの陰陽」。
あげまき結び、叶結びの練習から七夕を前に、短冊に結びを施しました。

 
真中は叶結び。
表は「口」裏は「十」という字に見えることからこの名がついています。
 
風俗博物館の資料より 「あげまき結び」と「叶結び」
 
 
毛利邸の「七夕の室礼」では、祇園祭りの角房につけられている結びを
5色の短冊にほどこして、笹の葉にむすびました。
 

毎年祇園祭に出かけて、鉾の結び、屏風祭りの結び、そして山車の緊縛と
結びの写真をとっては結ぶということを楽しみにしていました。
疫病除けの祭りである祇園祭りの結びに願いを込めてた短冊です。

 
毛利邸裏山から切り出した「金明竹」に七夕飾り



京の七夕さん 大正時代の布で作って頂きました。
右下のガラスはうつわやさんでみつけたガラスのオフジェに
5色の糸を通した針をからめたもの
 
箪笥に入れておくと衣装が増えるとか、裁縫の上達を願って作られたといわれます。
 
 

京都祇園祭りで御稚児さんが太刀で注連縄を切って神域との結界を解き、
山車が神域へと動き出す瞬間は、ムスビに秘められた力が太古から
継承されていることを実感します。

長刀鉾による注連縄切り。ここにもあげまき結びが。



歌舞伎座の入り口にも大きなあげまき結びが下がっています。


今回のワークショップはあげまき結びがどのような場所で、
どのような使われ方をしていたかということを写真で見て頂き、
まだまだ未知なる結びの世界を、皆様とあれこれお話しました。

みなさま日本文化に日ごろから興味を持っていらっしゃるので
私の思い込みもこの場で新しい見方に出合い、結びの研究
(おおげさですが)を進めていく活力になっています。


氷川神社「ご縁市」でのワークショップ準備
 

結びのワークショップの意義ってなんなのかな、といつも自問
しながら計画を立てるのですが、まずは心地よい「場」がもてるか
ということが大きく関わってくるように思います。

個人の教室を持たない私に「場」を提供してくださった方々に感謝し
その「場」がよいきっかけとなるよう、結びを探求していきたいと
思う一日でした。

2015年2月10日火曜日

和菓子と水引

両口屋是清の季刊誌「いとをかし」のお仕事で和菓子職人さんにとって
水引が結べることが大切なお仕事だということをお聞きしました。

季刊誌「いとをかし」22号 (2015年1月)
 

昭和27年に入社した和菓子職人さんによりますと、すべてのお菓子は木箱に入り
水引をかけられていて、お菓子の修行に入る前に水引を結ぶ練習に励んだとあります。

日本最古の包み結びの専門書と言われます伊勢貞丈の「包結記」によりますと、
水引の結びには陰陽があり、平たいきもの、丸きもの、とその形によって決まった
結びがあることがわかります。


 
また貞丈著の「貞丈雑記」によりますと、「白は五色のもとなり」とあり、
紅白に染め分けられた水引は「左は白」である理由を挙げています。

和菓子の世界でも、紅白のお菓子は、水引同様に左に白というのが
常識になっているそうです。今回このお仕事で教えて頂きました。

日本の結びの特徴に吉凶・陰陽のあることが挙げられます。
贈り物の包みや結びのみならず、贈答品である和菓子にまで、室町時代に
確立された武家礼法に適った考え方が守り続けられてていることに、
改めて驚きをおぼえます。

折形が折り紙と違うところは、そこにメッセージが含まれているということだ
といわれます。相手との関係を重視し、自分の立場をわきまえる「包み結び」。
そんなことを思いながら、最近はプレゼントに半紙と水引、または紐で
包み結びを考えるのが楽しくなってきました。

2014年11月5日水曜日

小倉織復元30周年「築城則子‐縞の今」北九州美術館

北九州市小倉の北九州美術館分館へ、
築城さんの展覧会を見に出かけました。
今年は小倉織復元から30年。
その足跡が美しく展示され、今なお新しい
織に挑戦している築城さんの宇宙観を
体験できる素晴らしい展覧会でした。























図録の写真もとてもきれい。
展示の様子も入っています。
(アマゾンにて購入できます)





















昨年春、銀座和光の「築城則子染織展」にあたり、
築城さんの小倉織で訶梨勒(かりろく)を制作しました。
折形デザイン研究所オリジナルの包みを使わせて頂き、
生地を折って結びを施したもの。
生地には鋏を入れず、縫うこともなく、折りと結びだけ
で形を作れるのは、小倉織のしっかりした生地だからこそ。
今回も新作の訶梨勒を美術館に展示して頂きました。

和光も美術館も、私だけの力では展示の叶わぬ場所。
今回も築城さんの縞が私の結びに大きな力を与えて下さった
ことへ、感謝、感謝の一日でした。

(北九州美術館分館にて11月3日まで)


2014年9月4日木曜日

川越氷川神社 「縁むすび風鈴」と「まもり結び」

毎月一回、結びのお稽古で氷川神社を訪れます。
いつ行っても大きな鳥居の向こうには本殿とご神木の深い緑が美しく、
ほっとした気持ちにさせられます。



8月いっぱい飾られていた「縁むすび風鈴」
およそ一万枚の短冊はお祓いのうえ、お焚き上げされました。
大勢の方が参拝に見えたそうです。

川越氷川神社
https://www.facebook.com/hikawa.kawagoe

そして、むすびCaféでは一年分のまもり結びが飾られています。

今年家庭画報、新年号で紹介されました「まもり結び」が
今月、家庭画報の英語版「KATEIGAHO INTERNATIONAL」
でも紹介されたとのこと。
正直、英語版のことは知りませんでしたが、本屋さんでは日本語の
家庭画報近くの棚にありました。



日本のさまざまな文化がとてもきれいな写真で紹介されています。
日本を紹介する英語の勉強にはとても役立ちそうな雑誌です。

2014年8月26日火曜日

伊勢神宮の相生結び

今年初めて伊勢神宮へお参りに行きました。

ウィーン交響楽団で33年間首席チェロリストを務めた
吉田健太郎さんの奉納コンサートに同行することができ
参加者は正装での特別参拝ということで、初めての
参拝は厳かに始まりました。

友人の同級生でもある吉田さんの演奏は能楽堂で
行われ、その柔らかく美しい音色が神宮の森に優しく響き
とても清々しいひと時を過ごしました。

伊勢神宮 内宮にて


























神宮の結びは、相生結びでした。
この結びは祇園祭の鉾飾りにも多くみられます。
しかし、水引の相生結びはこれとは違いますし、
江戸時代の本にある相生結びも形は違います。

同様に初めて参拝した京都の下賀茂神社
ここでは相生の社が。





















お能の「高砂」では「相生の松」の言い伝えが謡われ、
長寿や老夫婦の睦まじさを称えます。

水引の結びでは、やはりおめでたい結びとして
相生結びには真・行・草の三種類があります。

実用的な相生結び。
伊勢神宮での厳かな相生結び
そして、おめでたい包みを結ぶ、相生結び

相生の松は永遠に尽きない和歌の道を表して
いるといわれます。
伊勢神宮の遷宮も、いろいろな説があるようですが
遷宮を行える社会の継続を願ったものという解釈も
あるようです。

神社はいつの時代も、社会の平穏を願い、災害の多い
国の知恵として生まれてきたように思います。

そして結びも人々の願いに静かに寄り添ってきました。


2014年3月3日月曜日

上巳の節供

桃の節句の起源は中国の水の精霊に対する祭りで、それに日本の祓の信仰が
結びついたといわれています。

折口信夫はひな祭りを「古代の禊ぎの名残」とし、古代生活の名残を留めるが
故にこれらの「しきたり」には「やすらひ」を感じるのだろうといっています。
しかし民俗学者の吉野弘子さんは、ひな人形を蛇の脱皮を模したものと考え
蛇の脱皮に子供の成長を託して祈った風習がひな祭りに発展したとし、そこに
罪の意識などなかった、としています。

いずれにしても、再生を願うものであることは確かで、古くから磯遊び、浜降りなどと
言われる風習は全国各地に残っていて、この日は古くから水に関する行事が行われていました。


貝桶の結び(伊勢貞丈「包結記」より)

貝を食べるのは磯遊びの名残と言われますが、誰もがひな人形を飾ってお祝いする
ようになったのは江戸時代半ばを過ぎてからの事でした。
そして、婚礼道具の一つとして大切にされていた貝桶の結び方は、江戸時代の包み
結びの本に詳しく書かれています。

上の写真の赤い紐は「とんぼ結び」で左が雄、右が雌のとんぼを表しています。
そして緑の紐も同様に貝桶の結びですが、これは「うろこ結び」と言われやはり
左右対称に結ばれています。
うろこは水を連想させ、実際その結び目の形も三角形で「水」との関わりを感じさせ
ます。

種々の花結びより「檜扇(ひおうぎ)の結び」
上の絵を参考に結んだもの

もう一つ結びの事で言いますと、女雛が手に持つ檜扇に付いた結びがあります。
これは6色の色や紐の長さが決まっていて、にな結びを絡ませながら結びます。
思いのほか長い飾りで、実際には扇はたたんでこの紐をぐるぐると巻きつけ
15センチくらい垂らして手に持ちます。


原久美子さん制作の貝雛と魔よけの赤い紐


何気なく見ていると気が付きませんが、お節供の飾りには思いのほか結びが
使われ美しいわき役をつとめています。
雛段を飾るのが難しくなってきましたので、このような貝雛や、お雛様にまつわる
結びなどに思いを託すことも一つの方法かなと思います。

ちなみに島根県では男の子も3月3日にお人形を贈るそうです。長男には座った
お人形。これは家を継ぐというところから。次男は独り立ちしてほしいという願いを
込め、立ったお人形。

長男用のおひなさま
次男への贈り物

7歳までは神の子と言われた江戸時代。結びは通過儀礼の中で象徴的に使われることがよくみられ、子供への思いは様々な形となって残されています。
それらを紐解きながら思いを結ぶ結びを考えていくのは楽しい作業です。
それぞれの時代に名もない人々によって伝承されてきた結び。お節供はそんな結び
の事を思い出させてくれます。